気まぐれなあとがき

すべてあなたとわたし宛て

外食の練習

外食が苦手だ。

人が食事をしている姿がエロくて直視できないのと、わたしなんかがよい食事を摂取するのは申し訳ない(から高いメニューが頼めず店で一番安いものしか食べない)、という理由であまり外食をしたくない。

真っ赤な口紅をつけた人と外食に行ったら口元に注目しすぎてしまい料理の味がまったくわからなくなったり、ちょっと高いメニューを頼もうとすると「この人こんな良いもの食べて生きのびようとしているわ、クスクス」という声がどこからともなく聞こえてきたりする。被害妄想であることは十分承知したうえで言いたい。わたしに外食は無理だ。

そんなことをTwitterにつらつら吐き出していたら、友人から後者の理由について以下のような反応があった。

「同じ店舗の中で良いもの食ってもそんなに変わんない」
日高屋で一番高いラーメンを食うくらいならマジで誤差」

正直これだけで終わっていたら「ハイハイそうですね~」で流したのだが、

「多少良いものを食べる経験をしないと、それを書くときに間違ってる可能性に苛まれますよ」
「人生経験増やしておくと書けるものの幅も多少広がるんじゃないですか」

こんなことばが後に続いたのでさすがのわたしも目を覚ました。

文章に影響が出るのは困る。外食の練習をしよう。

外食の練習って何やねん、というツッコミはひとまず無視して、わたしは翌日早速日高屋に行くことにした。わたしの長所は誰かにアドバイスされたら即実行するところである。

偉大なるGoogle先生によるといちばん近い日高屋は自宅の最寄り駅から2駅先の駅前にあるらしい。電車賃を負担してまで日高屋に行くのか、と母に訝られたが、「友人が日高屋って言うんだから日高屋に行くんだよ!」とわたしは謎のテンションで息巻いた。

翌日、外出先で用事を済ませた後、わたしは電車に飛び乗った。用事が押しに押したのでこの時点で時刻は12時半を少し過ぎていた。空腹で気を失いそうだったが何とか意識を保ち、勝手に作った日高屋のテーマソングを脳内で再生する。気分は最高潮に達しており、わたしはこれから日高屋に行くのだと乗客に言いふらしたい衝動を抑えるのに必死だった。

10分ほど電車に揺られていたら目的の駅に到着した。

この街はかつて15年ほど住んでいたこともあり、庭のようなものである。わたしはGoogle Map大先生を頼りに駅前をさまよった。1時間ほどさまよった。ようするに迷子になった。庭は意外と広いのだ。

空腹も空腹、あと数秒でぶっ倒れるという状況の中、ふと視線を上げると、目の前に日高屋があった。そこは改札の目と鼻の先の場所だった。唖然としたわたしは力が抜けてその場にへたり込みそうになった。わたしの1時間返せよ、などとぶつぶつ文句を言いながら、(おそらく換気のために)開けっぱなしだった入口に足を運んだ。

店に入ってまず驚いたのは店内放送が大音量で流れていたことだった。テンション高めのラジオっぽい何かがガンガン鳴っており、わたしのテンションも高まるはずが逆に低くなった。空腹と大音量のラジオは相性が悪いと相場が決まっている。わたしはとりあえず目の前に置いてあったメニューを眺めた。

メニューにはカラフルな文字で何やらいろいろと書かれていたが、ひどくお腹がすいていたせいでまともに読めなかった。友人は「日高屋で一番高いラーメン云々」と言っていたけれどこれでは値段を比べることもできやしない。わたしはパッと目についた中華そばに決めた。それだけでは物足りない気がしたので餃子3つも一緒に注文した。

中華そばと餃子を待っている間ぐるりと店内を見渡してみた。客層は中年男性が多く、若い人はわたし以外に見当たらなかった。また、誰かと一緒というよりもひとりで黙々と食事をする人の方が多かった。ラーメンを啜る音と大音量のラジオが店内に響く(余談だが、このとき流れていた曲が今流行りの「うっせえわ」という曲だった。明らかに客層とマッチしていなかったため少しだけニヤニヤしてしまった)。わたしはなぜか緊張し始め、お冷やを3杯も飲み干した。

4杯めのお冷やを口に含もうとしたそのとき、目の前にほかほかと湯気が立つ中華そばと餃子が運ばれてきた。店員さんの軽快な「お待たせしました~」を聞きながら、わたしは割り箸を割った。うまく割れず不気味な形になってしまったがそんなことはもはやどうでもいい。わたしはにこにこしながら中華そばを啜った。

ところで、こういう場面で食レポ風に味を詳細に綴ると描写のうまい大御所作家っぽくなるのは周知の事実であるが、わたしにそんな筆力はない。中華そばも餃子もめちゃくちゃ美味しかった。特にメンマがよかった。がんばってもそのくらいしか書けないのでこれで勘弁していただきたい……わたしはほんとうに作家志望なのか?作家をなめるのもほどほどにしないとあとで痛い目にあうぞ。これだから語彙力のない人間は……

……何の話をしていたんだっけ?

そうそう、極度の空腹状態だったわたしはあっという間に完食した。今振り返ると貪るように食べた、というよりカービィみたいに吸い込んだ気がする。みっともない姿をさらけ出して誠に申し訳ない。

お腹が満たされると眠くなるのでわたしはさっさと帰宅した。帰りの電車でうとうとしつつ、先ほどまでの夢のような時間をにやにやしながら思い返した。美味しかったなあ、また食べに行きたいなあ。外食の練習は大成功だった。

 

さて、ここで友人の発言を思い出してみよう。

日高屋で一番高いラーメンを食うくらいならマジで誤差」 

中華そばの値段は390円、餃子をつけても合計で520円だった。中華そばはどう考えても一番高いラーメンではない。ということは、わたしは友人の助言に半分従わなかったことになる。

また日高屋に行く口実ができた。今度は一番高いラーメンを注文しようと思う。