気まぐれなあとがき

すべてあなたとわたし宛て

掌編小説

愛人

愛人が風邪をひいた。 ばかだから風邪ひかないんだよね、なんてのたまっていたのはずいぶん前のことだ。ばかでも風邪はひくよ、とその場でいちおう言い返したけれど、あたしだって笑ったときに刻まれる目尻の皺にだまされていた。愛人だけでなくあたしもばか…

物語未満

わたしの人生は誰にも消費させないと決めている。絶対。誰にも。ただ、聞いてほしい話は山ほどある。たとえば、こんな話。 * * * 電車から降りるときにすれ違った男がPASMOを落とした。駅のホームに裸のままそこにあるPASMOがなんだか不憫に思えて、わた…

男子高校生

「たとえばさ」「うん」「俺かお前のどちらかが女だったとする」「うん」「もしそうだったとしたら、俺ら、結構いい線いってたんじゃないかと思うんだけど」「どうだろうね」「なんだよ、つれねえ奴」「ラーメン屋に並んでるときにする話じゃない」「そう?…

マグカップ

高校時代、わたしは文芸部に所属していた。所属していたという言い方は正確ではなくて、入りたい部活がなかったから同級生と一緒に立ち上げた、と言ったほうが正しい。わたしたちは図書室で黙々とキーボードを叩き、ああでもないこうでもないとぶつぶつ言い…